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考える経由地と思いつきの目的地

 

 

5月の最後の週は、沖縄から、経由地の横浜・東京で滞在。今はロサンゼルス行きの飛行機の中だ。目的地のサンフランシスコに向かう。 経過地の横浜では、新しいアプリの企画や開発をおこなっている。10年前と変わらず、親友のスウェーデンのプログラマ、デザイナーの旧友と私で好きなように

作っている。

2008年からアプリ参入をしたから、このメンバーも当時から数えて11当時と同じく、横浜駅近くの汚い雑居ビルにいて、会社が小さいころを回想できる。自分の仕事場を自分の稼ぎで借りられることは、嬉しかった。 もちろん今も同じ。 アプリやゲームを作ることは、アイデアやプランニングのイマジネーションをまとめて、ほかの人に言葉や資料に出す作業をするのだ。 今の自分は疲れているらしく、思考がダウンしてしまったようだった。ドーユーラボ の子供達のように虚脱に襲われるのだ。 作曲をする10代から20 アプリやゲームを作る30 会社の経営をしてきた40 ドーユーラボを運営する40代後半 4つ時期の思考について、深く考えた。 音楽をつくるとは、頭の中に音が鳴り、頭の中にある時間移動をして、音だけの空間の量子化できないアナログな空間が存在する。 音階や和音だけであれば、データ化できるが、漠然と膨大なイメージだった。 イエスや、ノー、あるは条件分岐もないが、頭の中に音が再生できるぐらいの像がある。 Yが音楽の響きであればX軸は時間軸でもあり、4-5分のイメージを頭の中に保持ができた。 加えて、アプリやゲームの場合は、遊ぶ人が求めることを想像しながら、私の思いの合流地点を探すことができていた。

40代以降は、ロジックでまとめて最短で言語に依存をして、効率的な思考になった。 過集中も少なくなっていった。だから、じっくり考える・止まって考えることが増えた。 私が今回ダウンしたのは、思考から、想像の空間データベースに接続しにくくなった、つまり、使わなくなった体の部分が固くなった感じがした。 その分、最適解な言語的な考えが発達をしたように思う。 ロボット的に解釈をすれば、クリエイティブは、思考やデータ消費が激しく、効率性も悪く衝動的だ。思考やアイデアが水平的につながっていくことの快感は、若さと過集中に依存をするのだ。 効率的な思考空間、つまり、論理的思考を身に着けた自分は、沖縄、横浜を経て、今からはサンフランシスコへ経つのだが、 感性だけで突っ走る自分 。少ない荷物とフェイクなMacintosh 格安のチケットと、左ハンドルのレンタカーでモーテルに泊まった15年前が、別の私のように感じる。今は、あえてやっている。 今年はドイツ、フランス、イタリア、スペイン、イギリス、ポーランドに行こうと思う。

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