ウクライナ支援活動でワルシャワへ向かいました

ドーユーラボのみなさん、こんにちは、社長(南雲玲生)です。

沖縄も梅雨が明けて、暑くなりましたね!私は、ポーランドに向かいました。

 

ウクライナとロシアの戦争が3ヶ月になろうとしています。みなさんが知っているヨーロッパは、イギリスやフランス、ドイツといった、G7(Group of forum 世界の7つの首脳国)で経済的に上位にある国々だと思います。ドイツから、東にある”東ヨーロッパ(東欧諸国)”は、小さな国が多く、知らないことも多いと思います。

実は、30年以上前は、東ヨーロッパのポーランドも、チェコも、ユーゴスラビアも、そして、ウクライナもロシア(旧・ソビエト連邦)に属しており、仲間でした。その後、ロシアのグループに所属をしていた国々は独立して、今経済的発展・成長している国が多く、その中の1つがウクライナになります。

昔は、世界は大きく2つに分かれており、ウクライナやロシアは、日本と異なる「社会主義」のグループで仲間でした。僕が、高校生の頃は、今のドイツも、西ドイツと、東ドイツで分離していて、違う国でした。いきなり、街中に壁があって、東と西に分断されていたのです。ところが、「ベルリンの壁が崩壊」する世界的に大きなことが起こり、一気にヨーロッパの「社会主義」国がなくなり、高校の教科書の内容を修正する必要があるぐらいでした。

東側の人は、西側に自由に行けるようになったことは、僕にとって大きかったのです。

今、世の中の主役になっていることは、能力のある人が頑張って、お金を増やして、おいしいご飯をいただいたり、自由に富(お金・財産)を増やせる考え方。「資本主義」で、日本も、アメリカも、イギリスも、ドイツも、世界が中心的に経済発展をしている国々です。

一方で、中国やロシアになる前のソビエトとその東欧諸国(ルーマニア、ポーランド、チェコスロバキアなど)、キューバ、北朝鮮、ベトナム、ラオスは、「社会主義」として、市民の権利は平等で、富や経済もすべてのことは、平等に分配されているとして、実は、資本主義よりも新しい政治の考え方でした。経済的に不況で、生活が苦しい労働者は、富を得ることが難しい状況で、立ち上がり、社会主義を推す考え方が、ついこの間、20世紀に多くありました。労働者が、平等で上も下もない、公平な世の中を希望して、英雄となるある人物を掲げ、資本主義の国家を倒すこととなったものの、かつては英雄で、権力に対するレジスタンス(抵抗者)は、やがて独裁者となってしまうことも多くありました。よって、全ての人々を平等にすることは難しいのは、平等に分配をしたり、管理するための役人や、指揮をする人は必要で、結果としてこの人たちが、独善的な権力を持ってしまうのです。

ということで、今は、ロシアもウクライナも資本主義の国々ですが、もともとは、社会主義のソビエトの国だったのです。

以上は、教科書レベルのことを、まとめて、簡単に説明をするための、社長の解釈ですので、みなさんは、しっかり学んでください。

 

僕がショックだったのは、「資本主義」の象徴な、マクドナルドがロシアにもあるし、Appleの正規販売店もあります。ウクライナの人も、MacもiPhoneを使っているし、ポルシェやベンツなどの高級車も乗っています。ロシアの人も、ウクライナの人も、SCRATCHで学んでいるかもしれません。

今、ロシアから飛んでくるミサイルは、ウクライナのトヨタの自動車が爆破されるし、ウクライナ空軍の戦闘機は、かつてのロシアが製造していたミグで、ロシアのミグと、ウクライナのミグ、同じ戦闘機同士が戦闘をしたりしているのです。

街中で、亡くなっている人が手にしているのは、iPhoneだったりもします。

かつての仲間や、旧友が戦いあっていますが、考え方が近い民族でも、食い違いや、過去の歴史もあります。ヨーロッパには、小国がたくさんあるということは、侵略と合併と分散の繰り返しだったとも言えます。

家族が分断されたり、それでも正義のために戦おうとしたり、難しい現実が本当に目の前で起きていること。正義のために、男性が兵器を持って戦いに出ていることについて、僕は理解が難しかったのです。つい、数ヶ月前までは、ファミレスや、クリーニング店で働いていたお父さんは、急に兵器を持って、国を守るために命をかけて出兵しているのです。

僕が生きている間に日本で似たようなことが起きてしまったら、自分だけでなく、家族や、知り合い、ドーユーラボのみんなも大変なことになるかもしれない。ドーユーラボに通うみなさんも、将来結婚をして家族を持って、でも、子供を育てている中で、自分が戦場にいかないといけない。とか、そのような想像をしていました。

核兵器を持つべきだという意見も、日本でかなり上がっています。僕が子供の頃は、核武装について、議論をしてはいけないぐらいの、シリアスな問題でした。広島長崎の被爆国であり、悲惨な状況を知っているからです。

の中には、いろいろな考えを持つ人がいて、僕とは異なる考え方の人は否定をしないし、軍事的には国家間の均衡のために必要だという主張も、あることも、否定はできません。みなさんに、この現状を伝える意味でも、ロシアの攻撃は悪いとは思いますが、どちらが強いとか、良いとか、悪いという議論よりも、もっと深い部分について考えて、ニュートラルにいたいです。

(僕は、個人的には、兵器を持つのであれば、逃げ出したいし、誰も殺すことも、殺されることもあってはいけないと思い、兵器をもつことを強いられるのであれば、国を捨ててでも平和な場所に向かいます。)

これまで平和だった世の中が変わってしまったら、どうしようと、不安になり、テレビで映る悲惨な状況をみてるうちに、ウクライナへ行こうと思いました。

5月に家族から反対されましたが、知人が行って大丈夫だと報告を受けたので、「社長面談がない(ここは笑うところです)」ことを、確認して、ネットで、いきなり飛行機のチケットをとって、ウクライナの避難民が向かう隣国のポーランドワルシャワや、内ウクライナ国境近くの街カトヴィツェという地方の街にに向かいました。

ポーランドの代表的な国際空港ワルシャワにある「ショパン空港」で入国すると、僕が数年前に向かった頃と同じで、人々は穏やかで、隣の国で戦争をしているとは想像しづらい雰囲気でした。コロナ感染者も表面上、発表は1日300人程度で、マスクをしている人はいません。ポーランドは活気と豊かさに溢れる雰囲気で、でも、日本以上にインフレが進行していて、ガソリンも日本円で200円以上もしています。

街を歩くと、街中に避難民への食糧を支給するテントがあったり、駅には救援施設も見受けられます。豊かな街中に、ボランティアの活動もあって、平和な中に、隣国の状況がこの場所にはうつっており、不気味に思うぐらいです。

また、避難所を閉めている現場も見ました。世界的にインフレ(物価が上がる)で、物の値段が上がり、生活が苦しい中、ウクライナ避難民への支援が打ち切られたり、縮小する傾向があります。「支援疲れ」という言葉があるようです。戦争が長期化するにあたり、支援をするお金が減少しています。

ウクライナの避難民には、男性は少なくて、お父さんは戦場に向かい、家族はポーランドに避難をしています。あるいは、お父さんとお母さんをウクライナに残して、子供だけで避難をしている兄弟にも会いました。ミサイルが飛び交う中に、命からがら逃げてきた家族。マリウポリの製鉄所地下で、太陽の光を見ることなく命が絶えるのであれば、マシンガンや銃で撃たれても、陽にあたりたいと思い、死に物狂いで地上に飛び出て、脱出した家族もいるそうです。

国のためとして、武器を持って戦うお父さんを国に残し、幼い子供と母親の姿も多く、子供たち同士で遊んでいるときは、とても楽しそうですが、戦火をくぐり抜けて、命からがらの経験をしてきたことを聞くと、心が痛いです。さらに、言葉が通じないポーランドで、稼ぐために、お母さんは仕事を探さないといけないのです。

避難民の様子を見たり、話をしていくうちに、「できることをしっかりやるため」に、急いで日本へ帰ろうと思いました。正直なところ、深く関わることで話を聞くことも、嫌だとも思いました。戦争で苦しい思いをしている人を、かわいそうと思う気持ちはもちろんありますが、

ジャイアンとして、合理的に1日、1時間でも早く、すぐに結果を出そうと思いました。私は、社長で経営として長年やってきたので、良いことや支援をするために、お金を出すことに割り切ることと、たかだか日本からなにも知らずに、向かっているので、ボランティアの方に迷惑をかけないように、経済支援をするだけ。とあえて割り切りました。ドライだけれども、この考え方で会社の経営をしてきたので、このやり方はアリと信じています。

ウクライナの人でも、当然、私たちのように、学校の先生もいるし、弁護士もいるし、医師もいる、おじいさんも、おばあさんも、工事のプロも、レストランのオーナーも、ITの技術者もいます。たまたま、国が戦争を回避しなかったために、避難民になってしまったのです。

ボランティアとして、支援をしてあげるというのは、些か上から目線だと感じ、私は本当に役に立つこととして、避難民の方との関係は対等(フェア)で、一緒の働く機会を作ること、そのための応援であると思っています。

 

ワルシャワに避難をする人たちへの支援、そして、日本を希望して、避難をする人たちへの支援として、私は、できることは、

・プロとしてのマネジメント(運営や組織づくり)

・継続的にサポートできる支援金を、僕個人の資金と、会社、会社を応援してくださる株主との調整

継続的に大きなお金で支援できるように、日本に帰国をして、お金を持っている知人や、大きな会社の株主に相談をして、資金調達に動いています。早速、お世話になっている、会社の方からは、社長の家がある、神奈川県の横浜市が持つウクライナ支援金の半分程度のお金の提供をしてくださりました。

私は、ウクライナの若者に、ドーユーラボと同じように、ITやゲーム作りを教えて、一緒に新しい仕事を作れるようになれば良いと思っています。経済的に自立、独立をして、稼ぐことが1番の支援であると信じています。

 

 

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