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沖縄生活「おつとめ品」と「アダルトチルドレン」切り替え

東京と那覇の往復をしています。

 

今年45歳ですから、さすがに、体力勝負。

でも、ハイパーで多動な性格としては、何かでタスクを100%にしないといけない。

「面倒なこと」がたくさんあったほうが、「つらい」思考が埋まります。

 

自宅から東京・羽田空港まで30分。

飛行機は2時間30分。

那覇空港から那覇の自宅はモノレールで15分の移動時間。

現代の働きかた=クラウドで考えれば、自宅での睡眠時間を減らして

飛行機で寝る。

もしくは、飛行機はメール返信の時間にすれば良いと割り切っています。

さて、那覇に戻ると、

「もうひとりの自分」の楽しみがはじまります。

 

光熱費が払えなかった時代に戻る

 

那覇空港からモノレールに乗ります。

最寄りの駅に着くと、食材を購入します。

お酒は、しばらく減らしていたのですが、少し解禁をして、”家飲み”が増えてきました。

 

あたたかい海・沖縄の「刺身」や「お寿司」は美味しくないな。

と思いつつ、「野菜」だけは、外食で済ませ、自宅は コストを抑える。

 

自宅では、時間も少ないので、カロリーが低くレトルトな「中華丼」を中心にします。

「カップラーメン」や「ポテトチップス」は、僕の最高のご馳走で、週に1回ペース。

 

 

主治医の後藤先生に教えていただいたこと。

 

10代の苦しい時代=「極貧時代」にあえて戻したり、

かつて住んだ4万円のアパートに再び住んでみたらと。

 

今の自分からみれば、1995年の自分。

当時は「極貧生活」だったけれども、友達がコンビニの余った弁当を持ってきてくれたり(時効)

公園で、真っ暗なのに、みんなで焼肉(闇焼肉)を食べたり。

貧しいとは全く思わなくて、「なんとかなるさぁ(沖縄風 サー)」だった。

 

2018年

那覇でも、たくさんの友達ができて、突っ張り棒で洗濯物を干し。

児童と、ゲーム研究をして。

昔の自分に戻った感じです。

 

グレーゾーン?

 

かつての自分のような発達障害の二次障害に悩む方に伝えたいことがあります。

自分は、当事者でありながら、凸凹を長年意識をしすぎて

注意欠陥も目立たぬ自分がかつてありました。

会社員時代も、ある程度「普通にこだわり」問題は少なかったのです。

そのことを「グレーゾーン」と言うそうですが、当事者への配慮な表現を除き、

グレーの存在はないと思います。

 

自分の場合「常に大人でなくてはいけない」とか、

何か「目立つことをすると」周囲に妬まれる、とか

根拠や理由なしに「周囲よりも一段下げておく」こと

空気を読むことが得意ではないのに「空気を読むことに神経質」となり

過剰に意識をしていて、40歳前後に病的になりました。

 

自分は、長年「発達障害」そのものによる不適応は少なく

「発達障害ゆえに」仕事や生活において、結果として恩恵を受けることができました。

 

だからこそ、発達障害を診断される前の方、診断されても受け入れられない方、

「発達障害に起因する二次障害(うつ)」など、薄々(そうかもしれない)気づいているが

受け入れることができない方にとっては、

 

私のように、経済的な恩恵を受けて、困っていない風(一見開き直っている自分)の存在が、

本当は「わかるからこそ」生理的な苦痛でしかない。

ご本人の嫌な部分が、私に見えている。

ということを、さらに「自分は深く見て、察したり」することもあります。

 

発達障害が問題になる以前の、私のような昭和の世代にとっては

ご本人が、漠然としているが「他者とは異なる」「抑えることで」解決をすることが染み付いており、

苦労していた何十年の、自分の違和を、受け入れることは難しい。

一方、「そのままでいる私」に対して、生理的に苛立ちや憎しみがあったり

自分に気がつき「嫌になる」

 

そのことも、自分は理解していると思います。自分もそうだったからです。

 

例えば、社長は「ベンツ」に乗ったら、バチが当たる。会社が終わる。

(実際は、経営は安定したのですが・・・)

お金を使ったり、贅沢は悪である、鬱になるような病気を治しました。

アダルトチルドレンです。

一度真逆に、「体験」をして、いやであったメルセデスを買い、アパレルなブランドも身につけてみました。

興味や関心がなかったこと。

良いものには、それなりの良いことやブランドがある。

理解できなかったものこそ、体感をしてわかってみる。

「東京の自分」 VS 「那覇の自分」の二面性を試みています。

 

この当時の自分=認知の歪みである「成金主義」といった

自分の殻を破るためと、場面場面での配慮の自分と、

注意欠陥を考慮しつつ、

当時最先端の「自動のハンドル制御」「自動速度制御・ブレーキ」

滅多にありませんが、緊急時に自動で事故を回避したこともありました。

 

合理的な理由=自分を納得させる体裁にして、

さらに

稼いだり、これまでリスクをとって働いてきた対価であり、自己評価を上げる

として、アダルトチルドレンな状況で自腹で買い、発達障害の二次障害に向き合いました。

 

この当時、後藤先生は、「考えることの上位」に、「思うこと・直感=(自分は意識と認知)」があること。

自分の認知の歪みを、長い時間をかけて、

物理(量子)から社会学などで論破し、学術的であり、オカルトにならぬよう、

理屈で毎晩おそくまで説明いただきました。

それでも不安な自分は、

東京へ戻ると、臨床心理士の先生に、毎週確認の時間をいただき、納得していきました。

 

そのためにも、体験や行動を通じて(=認知療法)

見えるもの、感じるものを受け入れる。とにかく、体感をする。

 

と思っています。

だからこそ、私はいろいろ察することもできます。

 

という具合で、多くの人にとっては、

当たり前な「スーパーマーケット」の話ではありますが、

自分を自分で見つめるためにも、

・良くも悪くも、過去の自分の生活に戻して「再・体感」をすること。

・とにかくやってみる、チャレンジ「偶然性」により、多様化が生まれて、自分を見つけ出すこと。

 

 

確かめながら生きております。

・・・なんて、「スーパーマーケット」からここまで思考は拡大をします。

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