はじめたわかった

 

後藤先生(沖縄リハビリテーションセンター病院)に

週に一回ミーティングにお越しいただいております。

 

連日超過密スケジュールで診察をされていて、

お休みは日曜日だけとのこと。

とても驚きました。

名護の病院から、那覇まで連日、診察をされている。

 

僕らは遠慮していて、ご意見番や顧問としてアドバイスをいただければ。

と思っていた。

ところが、『毎週ミーティングに参加します!』と先生が時間を割いていただいて

僕はとても嬉しくて申し訳ない反面、職員からすれば、

当事者な『南雲』も話が長い+『先生』も話が長いから、二乗倍になる恐怖がある。

(と思う。)

 

潜在的超ジャイアン=南雲 + 演技を超えた演技の先生だから大変だ。

 

先生は、どんどん『ためにになる=面白い』お話をされる。

自分は、『いつものノリで、先生と話をしている・・・』 

多分、当事者同士は無問題。

一般的な人は合わせにくだろうなと、思いながら

自分の立場は、久しぶりの『中間管理職』であることに気がついた。

 

多くの人には、わからないと思うが、

『当事者としての気持ち』と『多くの人の気持ちの想像』は自分はかろうじてできる。

だから、度合いを見る役割が自分なのだと。

 

気づいたのは、

自分にとっては、自分よりも初めて、会社の中で立場の上な人がいる。

ものすごい楽で、斬新だ。

先生ならば、僕が思ったことを伝えても、

所詮、嘘も変に考えていることは見破られるので

(ずれてはいないので)怒られたりも、複雑に思われることもない。

 

『あんたは、多数派以上に考えないことを、考えている』

とか、『演技なのか、演技ではないのか、そのままの自分』

と自分に指導されたことがあったが、

まさに、先生もそれなのだと考えた。

 

後藤先生は、本当は『細かいこと』はいろいろ察したり、心配をされていて

コンセプトも斬新なこと、

高知能な児童を教える為に、商業的に進めると

『理念』がブレないか、直前だからこそいろいろ気にかけていただいたことがあった。

 

自分は、『先生!あーあー、大丈夫です。』と、全てを一言で伝えました。

 

先生は、『ポスト・ペーパーレスだね』と苦笑されていましたが

職員が、計画や議事録、レジュメなど(南雲に厳しく言われ学習をしていること)を

きちんと見られて、ちょっとは安心されたのだと思った。

南雲がジャイアンならば、言うことはないと。

自分も、先生の立場ならば、こうしてほしいであること、

生意気にも、何と無く想像できるなと。

 

この日も、

先生は、ストレートに多分上機嫌で、いろいろルンルン見られていて、

自分は、『テレビにインターネットが通らない』と過集中して対処しています。

 

多分、この雰囲気が当事者を指導をする、そのままなこと

なのだと思いました。

 

この夢中になって、取り組む大人を見て、

『自分にもできるようなきがする!』として、将来医者を目指したり

ミュージシャンやクリエイターを志す児童が沢山育ってくれれば

自分は幸せである。

と考えています。

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